
5月の最終週、2泊3日の旅行に出る。最初の目的地は、しまなみ海道生口島の瀬戸田港だ。京都駅から新幹線で福山駅まで75分、福山駅から愛媛県松山行きの高速バスに乗る。瀬戸田BS(バスストップ)までは約60分だ。瀬戸田BSで路線バスを待ち、約30分で瀬戸田港に着く。
今日泊まる旅館に荷物を置いた後、向上寺に行く。瀬戸田港からは歩いてすぐの距離だが、ちょっとした山登り。国宝三重塔から見る瀬戸内の景色が素晴らしい。山を下りて、平山郁夫美術館まで歩く。HP解説にある通り、ここは平山郁夫さんが生まれた所だ。
平山郁夫は、昭和5年(1930)に瀬戸田町で生まれ、瀬戸内の青い海や緑の島々の織り成す豊かな自然の中で少年期を過ごしました。生涯を通じて「私の原点は瀬戸内海の
風土である」と語っていたその場所で、平山芸術の原風景を発見していただければ幸いと存じます。
この美術館は、平山郁夫さんのスケッチをメインに展示してある。子どもの頃から、抜群に絵が上手だったことが分かる。平山郁夫さんは中学生の時に、広島市の勤労動員先でB29の原爆投下を目撃したそうだ。以下、閃光という文章がB29のスケッチと一緒に展示されていた。
何を思ったのか、自分一人だけは外に出てきれいに晴れた空を眺めていた。と、白い飛行機雲を引っ張ったB29が、スーツと上空に入ってきた。警報も出ないしサイレンもない。そして、頭上はるか高いところでパッパッと落下傘が開いた。一体何だろう。「抵抗をやめよ」という前にもまかれた宣伝のビラだろうか。ピラなら木の葉のようにひらひらと舞うはずなのに、純白の落下傘は、きらきら輝きながら静かに降りてくるだけだ。「へんなものが落ちてくるぞー」叫びながら、仲間のいる小屋の中に入ったのと同時だった。目の前でマグネシウムのフラッシュをたかれたようにパーツと明るくなった。板ばりの相末な小屋が、大光に包まれた。
瀬戸田港から平山郁夫美術館に至る道は「しおまち商店街」となっている。コロナ禍後、この商店街に島外資本が進出してきて宿泊施設や飲食施設を開いたので、たくさんの観光客やサイクリストが訪れるようになった、と泊まった旅館の女将が言っていた。因みに、瀬戸田港に来る公共交通機関を使ったメインルートは、三原と尾道から来るフェリーになるため、日帰り客も多いそうだ。
サイクリスト走る真風(まぜ)の瀬戸田港
□公共交通機関の使用による訪問難易度
- 平山郁夫美術館(易)
- 向上寺(中)