よそもんが京都で暮らす

退職して京都に移住して2年目突入!

西ノ京に薬師寺と唐招提寺を訪ねる

薬師寺の金堂と東塔

薬師寺の金堂と東塔

今回の奈良旅の目的は、前回投稿した東大寺二月堂のお水取りを見ることだったが、お水取りが行われるのは夜なので、日中は西ノ京を散策した。

近鉄京都駅から近鉄西ノ京駅までは、急行で約50分で着く。本数の多い特急に乗れば30分余りで着くが、別途特急券が必要になる。改札を出てすぐのところにあるのが薬師寺、そして少し北に歩くと唐招提寺がある。どちらも国宝建造物が残り、世界遺産に指定されている。

薬師寺は、40代天武天皇が皇后(後の41代持統天皇=38代天智天皇の娘)の病気平癒を願い、天武9年(680)に建立を始めた。しかし、志半ばにして天武天皇崩御する。この造営を皇后であった持統天皇が引き継いで完成させた。

創建当時の建物で唯一現存しているのが東塔。法隆寺五重塔よりは新しいが、710年平城京遷都以前の建物である。屋根は6層に見えるが、各階に裳階(もこし)が付いているため、三重塔である。

薬師寺創建当初より金堂にお祀られている本尊が薬師三尊。 中央に薬師如来、向かって右に日光菩薩、左に月光菩薩と並んでいる。『日本書紀』に開眼法要の日が697年7月29日と記されている。創建時の金堂は後に焼失したが、ブロンズ製の本尊は、木製の光背を除いて、当時の造形をそのまま残しているとのこと。お坊さんの講話によると、日本で銅が発見されたのは708年(和銅元年)。つまり、この三仏に使われている銅は全てが輸入品であった。当時、銅20トンを輸入するのに、金20トンで支払った。なので、「銅」という漢字は「金と同じ」と書くらしい。この話、信じていいのか(笑)

次に行ったのが、唐招提寺天平宝字3年(759)に創建された鑑真の私寺。鑑真は、天宝元年(742)に朝廷からの招請を受け、その後の12年間に5回の渡航を試みた。しかしいずれも失敗し、その間に失明までしたが、6回目の挑戦でようやく日本に到着した。

教科書でよく見た鑑真和上坐像(国宝)は、御影堂に安置されているが、特別拝観時を除いて見ることができない。その代わりに、2013年からは、開山堂で「御身代わり像(おみがわりぞう)」を見ることができる。

西ノ京のこの2つのお寺は、2時間もあれば、十分堪能することができる。古の奈良を感じられるところである。