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東大寺二月堂のお水取りを初めて観る

東大寺二月堂の舞台を松明が走る

東大寺二月堂の舞台を松明が走る

3月9日の土曜日、奈良東大寺の「お水取り」を見てきた。奈良県のHP「いかすなら」によると

正式には修二月会といい、過ぎ去った旧年の穢れを祓う懺悔(さんげ)と、来るべき新年の国家の平安や豊穣を祈るため、毎年旧暦二月に執行される「悔過(けか)」の法要行事です。この行事は、奈良時代に朝廷の保護を受けた南都七大寺東大寺興福寺元興寺、大安寺、西大寺薬師寺法隆寺)を中心に盛んに行われるようになります。それぞれの本尊に対して懺悔をすることで僧侶の自己修行だけではなく、国家全般の救済と利益につなげる法要で、浄行する僧侶は期間中毎日、心身を清めて礼拝行を行うという、苦行の一面も持ちます。なかでも東大寺のお水取り、薬師寺花会式(はなえしき)、長谷寺のだだおし、新薬師寺のおたいまつ、などが広く知られています。

一般には「お水取り」と呼ばれている東大寺の二月堂で行われる修二会は、毎年3月1日から14日まで行われます。練行衆と呼ばれる11人の僧侶が、二月堂本尊の十一面観音菩薩への賛美礼拝を重ね、人々の代わりにあらゆる罪を懺悔して、国家の安泰や五穀豊穣などを祈る法会(十一面悔過法要)を行います。この法要は天平勝宝4年(752)に東大寺開山良弁僧正の高弟、実忠和尚が創業して以来、1度も途絶えることなく行われてきた「不退の行法」です。

17時半頃、二月堂に到着したが、既にたくさんの人が待っていた。この日はとても寒く、ぶるぶる震えながら待つこと90分。日が完全に落ちた19時になると、周辺を照らしていた灯りが消され、準備が整ったことを知らせる。そして、最初の松明から10本目の松明まで、順番に二月堂に登っていき、その舞台を火の粉を飛ばしながら駆け抜けた。あっという間の20分間だったが、天平年間の752年から1272年間、この法要が途切れることなく続いていることを思うと感激深い。

東大寺はとても広く、その中でも高台にある二月堂まではそれなりに歩く。当然、帰路も長く、そして寒かった。